睡眠時無呼吸症候群の合併症

 大きな事故を生じないまでも、無呼吸により適切な睡眠・休息が得られない場合、様々な生活習慣病が誘発されることが危惧されており、またその悪化が生じ易くなるとされています。


  具体的には心臓病、高血圧、糖尿病等に関する様々な発症リスクが増加し、その重症度により不整脈が4倍、脳卒中が3.3倍、高血圧が2.9倍、糖尿病が1.6倍となるとされています。





合併症が生じる原因
 
 睡眠時無呼吸による「
間欠的低酸素血症」と「睡眠分断による交感神経亢進(覚醒反応)」の2つの機序が関与していると考えられています。

間欠的低酸素血症
 睡眠中に呼吸が止まると、体内は酸素不足の状態になります。呼吸が再開されると正常状態に戻ります。睡眠時無呼吸症候群ではこの呼吸停止→酸素不足→呼吸再開→正常へというサイクルを繰り返し、このことを間欠的低酸素血症といいます。
 間欠的低酸素血症は血管内皮細胞の障害を引き起こし、体内各部の炎症につながり、脳活動や認知機能にも影響を及ぼすと報告されています。

睡眠分断による交感神経亢進(覚醒反応)
 呼吸・循環・内分泌機能等は“交感神経・副交感神経”という2つの自律神経のバランスにより調節されています。通常寝ている間は“副交感神経”優位となり体を休めて回復させますが、睡眠時無呼吸から呼吸再開する時に脳が起きた状態(覚醒反応といいます)となり睡眠が分断、通常と逆に“交感神経”が活性化されます。
 “交感神経”は“闘争と逃走(fight or flight)”に関与し体を活発に活動させる時に働きます。この交感神経活性が睡眠時に高まると、体内の各種調節機能のバランスが崩れ、各種炎症やホルモン分泌異常等を生じるとされます。





睡眠時無呼吸症候群と合併症

高血圧

睡眠時無呼吸症候群はアメリカで2003年「米国高血圧合同委員会第7次報告(JNC-7)」に、日本で「高血圧治療ガイドライン2009」に、二次性高血圧の原因の1つと位置づけられました。2010年日本循環器学会「循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン」では循環器疾患と睡眠時無呼吸症候群との関連が注意喚起されています。
 米国での大規模研究「ウィスコンシン睡眠コホート研究」にて睡眠時無呼吸症候群と高血圧について明らかな関連が示され、「高血圧症」を血圧140/90mmHg以上もしくは降圧薬を服用している場合と定義し709例を対象に4年後の高血圧発症リスクを調査した結果、睡眠時無呼吸症候群による発症リスクは程度により健常人の
約1.4~2.89倍になると報告されました。(New England Journal of Medicine 2000;342:1378-1384)
 高血圧治療では食事・運動療法から治療を始める場合が多く、改善が認められない場合に薬物療法が併用され、薬物療法でも血圧を十分にコントロールできないものを治療抵抗性高血圧といいます。利尿剤を含む3剤以上の降圧薬を用いても降圧目標に至らない状態であり、この場合、
睡眠時無呼吸症候群が特に高率で合併していることが報告されています。(Hypertension 2001:19:2271-2277)
 前述の通り睡眠時無呼吸状態から呼吸再開する時、脳が一時覚醒状態になり交感神経が亢進、血圧を上昇させます。この覚醒反応→交感神経活性化サイクルが睡眠時に繰り返されると血圧上昇が継続することになります。正常で夜間に血圧が低下する方々と比し、夜間に血圧低下が少ない場合や血圧上昇を示す場合、心血管疾患を生じる可能性が高いと報告されています。

 


心疾患


 厚生労働省の「平成23年人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、死因順位の2位(15.5%)に心疾患が挙げられておりますが、睡眠時無呼吸症候群は心疾患との関連が高いとされています。

虚血性心疾患
 虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)を生じた後、通常5年以内の再発率は9%と報告されていますが、睡眠時無呼吸症候群を合併すると再発率が
38%まで増加するとされます。

不整脈
 脈拍のリズムが乱れるものを不整脈と言い、不規則となる他、ペースが変わる頻脈・徐脈等があります。
 心臓は電気刺激から筋肉が拍動して全身に血液を送り出しますが、電気刺激伝達経路に障害が生じて信号が伝わらなくなったり、電気刺激そのものが発生しなくなったりすると心機能不全が生じます。
 “心房細動”という不整脈は異常刺激から“心房”という心臓の部屋が十分に収縮できなくなることで、睡眠時無呼吸症候群との関連が明らかになっています。睡眠精密検査により心房細動の既往歴のない3,542名を対象に心房細動の発症頻度を調べたところ睡眠時無呼吸症候群の合併で
発症リスクが2倍以上高まることが報告され(J Am Coll Cardio 2007;49:565-571)、別の報告では重症睡眠時無呼吸症候群の方では正常群に比べ心房細動の夜間発生頻度が4倍以上も認めたとされます。(Am J Respir Crit Care Med 2006;173:910-916)

心不全
 慢性心不全の方で
睡眠時無呼吸症候群が30~50%に合併していると報告されています。また、閉塞性無呼吸は心不全を起こす原因にもなり得、先に慢性心不全があると中枢性無呼吸を生み出す原因ともなり、これらの合併で生命予後が悪くなるとされ、心不全の場合には睡眠時無呼吸症候群の有無を確認する必要があります。


 
脳卒中


 脳卒中は本邦において癌、心臓病に次いで3番目の死亡原因ですが、脳血管が詰まる(脳梗塞)、または血管が破れ出血する(脳出血)病態を言います。一度発症すると後遺症として麻痺や言語障害を生じ、寝たきりになる可能性があることから予防が大切ですが、睡眠時無呼吸症候群は脳梗塞・脳出血などの発症リスクを高め、予後機能回復に悪影響を及していると言えます。

 1,022例を対象にした約3年間の追跡研究では重症の睡眠時無呼吸症候群の場合、
脳卒中・脳梗塞発症リスクが3.3倍になると報告されています。(New England Journal of Medicine 2005;353:2034-2041)

 睡眠時無呼吸症候群による日中の眠気や集中力・認知能力の低下は脳卒中患者のリハビリテーション効果をも妨げるとされ、脳卒中患者の回復経過を睡眠時無呼吸症候群の有無で比較した報告では、無呼吸を伴う群では伴わない群に比して
1年後の死亡率が高く、発症後の回復レベルが有意に低いと報告されています。(Stroke 1996;27:252-259)


 
糖尿病
 
 
 睡眠時無呼吸症候群の重症度別に糖尿病合併割合を調べた報告によると、AHI(無呼吸低呼吸指数:重症度の指標)が5~15、15以上と重症度を増すに連れ糖尿病の合併割合が高くなるとされており、諸条件を補正した後の計算でも睡眠時無呼吸症候群を合併している場合、糖尿病の発症リスクは1.62倍と報告されています。(Am J Respir Crit Catr Med 2005;172:1590-1595)
 睡眠時無呼吸症候群と2型糖尿病の関連について詳しいメカニズムは完全には解明されていませんが、前述の睡眠時無呼吸での“間欠的低酸素血症“と”“睡眠分断による交感神経亢進(覚醒反応)”が糖代謝異常と関連すると推定され、2つが繰り返され交感神経亢進→インスリン抵抗性増悪となり、2型糖尿病発症リスクを高めると考えられています。また、すでに糖尿病の場合には血糖値の悪化から糖尿病性網膜症等の合併症を進行させやすくなるとされます。
 CPAP治療開始2日間でインスリン抵抗性が改善するとも報告されており、睡眠時無呼吸症候群自体も高血糖を増悪させる因子とされます。




痛風

睡眠時無呼吸症候群では無呼吸による低酸素によって体細胞が破壊され細胞核から核酸が血中放出されることで高尿酸血症を生じるとされています。閉塞型睡眠時無呼吸症候群の方では一晩の尿中尿酸排泄量が増加し、尿酸が夜間に多く作られるとされます。CPAP治療により低酸素血症を防いだ場合、尿酸排泄量が減少した報告もあり、適切な治療が勧められます。 





CPAP治療の効果 

心筋梗塞・脳卒中等の発生リスクの抑制
 睡眠時無呼吸症候群に対しCPAP機器で治療した場合と治療しない場合を比較した報告によると、未治療重症睡眠時無呼吸患者群と比しCPAP治療群において
有害事象の発生率が有意に減少していることが判明し、睡眠時無呼吸症候群の治療が心血管系の重大疾患が生じる可能性を抑えることが分かりました。(Lancet 2005;365:1046-53)
 加えて詳細では、致命的心筋梗塞・脳卒中の発症のみではなく、非致命的心筋梗塞・脳卒中の発症や冠動脈バイパス術、経皮経冠動脈形成術等の施行機会等も
有意に治療により抑制されており、重症睡眠時無呼吸症候群の場合、CPAP治療の有益性が確認されております。

生活習慣病の改善
 睡眠時無呼吸症候群の治療により高血圧・不整脈・糖尿病といった生活習慣病の改善が期待されます。

高血圧の改善
 睡眠時無呼吸に伴い血圧が上昇する場合や早朝高血圧を認める場合がありますが、CPAP治療で夜間から早朝、日中における降圧効果が示されています。

心房細動の改善 
 心房細動に対しカテーテルアブレーションという治療を行う場合がありますが、睡眠時無呼吸症候群が合併している場合にアブレーション治療後の心房細動再発の可能性が高いことが報告されており、CPAP治療にてそのリスクが減少すると報告されています。

糖尿病の改善
 上述の通りCPAP治療によりインスリン感受性改善を治療開始2日目に認めた報告があり、その改善効果は3ヶ月目でも維持されていました。これは睡眠時の交感神経活性が抑制されたためとされています。(Am J Res
pir Crit Care Med 2004;169:156-162) 





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