睡眠時無呼吸症候群とは

はじめに

次のことが当てはまる場合には睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるかもしれません。

日中に眠くなることがある、
毎晩大きないびきをかくといわれる、
最近数年間での体重の増加がある、
起床時に体のだるさや頭の重さ頭痛がある、
メタボリックシンドロームと指摘されたことがある
睡眠中に呼吸が止まっていると言われたことがある、


その様な方は、是非、このページをご覧頂き、一度詳細を確認してみましょう。




睡眠時無呼吸症候群とは

睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)とは、眠っている間に呼吸が止まる状態を繰り返してしまう病態です。無呼吸とは10秒以上の気流停止(気道空気の流れの停止状態)を指し、無呼吸が7時間の睡眠中に30回以上、または1時間あたり5回以上あれば、睡眠時無呼吸と診断されます。

国内の睡眠時無呼吸症候群(SAS)潜在患者数についての報告は少ないものの治療が必要な重症者に限定し推定すると300万人以上とされています。睡眠時無呼吸を自覚することは難しい事が多いため潜在的無自覚者が多数とされ、重症の場合放置すると徐々に健康に悪影響を与えるため注意喚起がなされています。

事実、現在広く普及している治療法“CPAP療法”での治療者数は2012年時点で矢野経済研究所の報告“在宅医療市場の現状と展望”にて20数万人程度 と報告されており、睡眠時無呼吸の病態が多くの方に見過ごされている事が分かります。

 


睡眠時無呼吸症候群の影響

睡眠中に我々は疲れた体や脳を休め回復させていますが、この時十分な呼吸ができない場合、酸素欠乏から呼吸や心拍の変化が生じ、逆に疲れが増加することになります。断続的な覚醒状態も生じることから、日中に強い眠気を生じたり集中力の低下も生じたりします。

症状

睡眠時無呼吸症候群の主な症状を列挙致します。

(疲労時・飲酒時のみに生じる無呼吸では問題にならないものもありますが、御確認下さい。)


睡眠中:

  1. いびきをかく
  2. 規則的に一定の時間呼吸が止まる
  3. いびきが止まった後に大きな深い呼吸をする
  4. 呼吸が荒くなり目が覚めやすい
  5. 寝汗をかく
  6. 寝返りが多い

 

起床時:

  1. 熟睡感がない
  2. 体が疲れている
  3. 頭が重く痛む
  4. 口の中が乾燥し喉が痛む


日中:

  1. 座る時・休んでいる時に強い眠気に襲われる
  2. 理由のないだるさや倦怠感が続く
  3. 物事に集中できない

 

 

生活習慣との関連

睡眠時無呼吸症候群の患者数は増加傾向にあり、理由として高カロリー食による肥満者数の増加、咀嚼数減少による下顎発育不良等が挙げられています。

その他以下の生活習慣や慢性疾患が関連しているとされます。

1.太り気味・運動不足
2.暴飲暴食
3.飲酒・喫煙
4.高血圧・糖尿病・高脂血症・脳梗塞

  

外見の特徴  

睡眠時無呼吸症候群は下顎骨・上顎骨・頭蓋底や椎体等により周囲を枠付けられた上気道断面積とその内部に存在する筋肉・粘膜等の軟部組織の相対的な関係で生じることも多く、外見上太っている方のみに生じる病態ではありません。

ある報告上は、年齢、性別、肥満度(BMI)、舌骨の位置、軟口蓋の長さ、下顎の後退を示す顔面軸、口蓋扁桃肥大度、鼻疾患、呼吸器疾患等が無呼吸の重症度と関連が有るとされています。

上記要因の関与する程度・割合は各個人で異なっており、その背景(職業、合併症や身体所見を含め多角的な評価の後に診断・治療を行わなければなりません。

また、いびき・無呼吸にて医療機関を受診する方の約30%に何らかの上気道疾患(鼻中隔弯曲症、アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎、口蓋扁桃肥大等)が存在するとされており耳鼻科医の関与が大切となります。
 治療においても鼻疾患による鼻閉はCPAP治療に影響を与えることが知られており注意が必要で、睡眠時の鼻腔状態変化も考慮する必要があり、特に鼻腔抵抗値は体位のみでも変動がみられるために診察時には軽度の鼻中隔湾曲症やアレルギー性鼻炎が認められるのみでも入眠後に鼻呼吸が変化することがあり、これを想定し治療することとなります。 鼻呼吸の状態については内科的治療(CPAP)や歯科的治療(マウスピース)においても大きな要素を占めます。

 

 

身体的特徴等

下顎が小さく、後ろに引っ込んでいる
舌が大きく、歯並びが悪い
首が太く短い

性別

男性が女性に対し2~3倍罹患
頸部脂肪の分布割合が男性では女性より高いことが関与しているためとされています。

 

年齢

咽頭・頸部の筋力が衰え体型が変化する30~60代に多い

女性では閉経後発症率が約3倍になるとされ、ホルモンバランスの変化が関与するとされています。

 

 

睡眠時無呼吸症候群の分類

 閉塞性睡眠時無呼吸症候群
中枢性睡眠時無呼吸症候群 

閉塞性睡眠時無呼吸症候群 
  上気道に空気が通るスペースが無くなるため呼吸が止まる病態。睡眠時無呼吸症候群患者の9割程度を占め、要因として首・のどまわりの脂肪沈着、扁桃肥大、舌根・口蓋垂・軟口蓋等による咽喉頭・上気道の狭窄等が挙げられる。
  上気道の空間に余裕が無い場合には様々な要因で狭窄が生じ容易に閉塞状態となり、顎の小ささや骨格の関与、骨格の中に有る組織である舌・扁桃・アデノイドの大きさや、軟口蓋の位置、睡眠時の口蓋垂・舌根沈下の弛緩移動、首周りの脂肪の蓄積等も無呼吸の発生に関与する。
 仰向けになるといびきを生じやすくなりのは睡眠時に筋肉弛緩の他、軟口蓋・舌根等が重力の作用で沈下して気道を狭くするためで、空気が狭窄部を通るとき粘膜が振動していびきとなり、空気が完全に通らない場合に閉塞性無呼吸となる。

中枢性睡眠時無呼吸症候群
  呼吸を始める指令自体が脳から出ない呼吸中枢の異常で、睡眠時無呼吸症候群の数%程度を占める。
 気道や肺・胸郭・呼吸筋、末梢神経等には異常が無く、気道は閉塞せず開存したままで、呼吸への努力自体が認めらない状態。
 呼吸運動は脳の呼吸中枢が血中二酸化炭素濃度の上昇を感知し始まるが、睡眠中では呼吸中枢の二酸化炭素感受性が鈍くなっていることが関与しているとされる。 その他発生メカニズムとして心不全に合併する睡眠時無呼吸症候群では約4割が中枢性無呼吸と報告されており、血液循環不良により動脈血中二酸化炭素分圧(PaCO2)変動が中枢に伝わる事が遅れるためとされている。
 無呼吸により二酸化炭素が蓄積すると過呼吸に移行しPaCO2を著しく低下させ更なる無呼吸を生じさせチェーン‐ストークス呼吸(Cheyne-Stokes)という無呼吸~過呼吸の周期的呼吸となる。
 この無呼吸→低酸素状態は覚醒状態として交感神経活動が活性化し、弱った心臓に更に負担をかけ心不全の悪化や不整脈を生じさせ、生命予後を悪化させる。


睡眠時無呼吸症候群の予防

 以下に睡眠時無呼吸症候群の予防となりうる注意点を列挙します。

適正体重の維持
 様々な病気予防と同様、適正体重の維持が推奨されます。過剰な体重増加は首まわりの脂肪を沈着させ発症に大きく関与するとされます。特に生まれつき顎が小さい方の場合では少しの体重増加でも無呼吸につながることがあります。

鼻症状の改善
 アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎等が有る場合、鼻閉から口呼吸になることがあります。普段から口呼吸を認める場合上気道が閉塞され易く、様々なその他の疾患との関連も示唆されており治療が必要となります。

寝る姿勢の工夫
 仰向けよりも横向き寝で上気道閉塞が軽減されることがある為、抱き枕や横向き寝を誘導する各種商品を試みることも有益です。

節度有る飲酒
 飲酒後首や咽喉頭の筋肉が弛緩し上気道が狭くなりいびきが生じ易くなります。睡眠時の筋肉弛緩がアルコールにより増強されるため、寝酒は勧められません。

睡眠薬服用は慎重に
 一般に睡眠薬はアルコール同様、無呼吸を悪化させる傾向があります。

 
 


睡眠時無呼吸症候群が招く事件・事故

睡眠時無呼吸によって生じる眠気は、日中の判断力・集中力や作業効率の低下を招き交通事故をはじめ各種産業事故の原因となる可能性が有ります。具体的には「運転中の眠気」経験割合は、正常人と比し睡眠時無呼吸症候群の患者さんで4倍、「居眠り運転」は5倍と報告されています。(臨床精神医学1998;27:137-147)
 睡眠障害により生じる経済的損失を試算した報告ではその額は約3.5兆円になると言われています

睡眠時無呼吸症候群と事故

 最近でも依然睡眠時無呼吸症候群に対する適切な検査・治療は十分行われているとは言い難く、その関与が疑われる交通事故が散発しています。
 具体的事例を挙げますと、2012年に関越自動車道で起きた高速ツアーバス事故があります。
 高速道路側壁にバスが衝突、乗客7名死亡、38名が重軽傷を負いました。運転手の雇用状態に法令違反が認められた等会社の安全管理体制についても問題になりましたが、運転手自身に睡眠時無呼吸が認められたことが注目されました。

 睡眠時無呼吸症候群と交通事故の関連性については裁判においても各事例に則して様々に判断がなされます。
 2008年、愛知県で大型トレーラーが赤信号の交差点に進入、横断歩道中の男性を死亡させた事例では、運転手が重度睡眠時無呼吸症候群であることが判明し、犯罪性が証明できないと地裁で無罪判決が下り、最終的に最高裁にて懲役5年の実刑が確定しています。

 

 


分子生物学的解析について

 上記の様に、睡眠時無呼吸症候群により高血圧・心血管系障害等が生じることが分かっています。
 合併症の発生は人により異なりますが、その理由として分子生物学的な固体差があると考えられており、近年様々な機序が解明されつつあります。

 睡眠時無呼吸における周期的な呼吸停止は酸化ストレスとなって
pro-inflammatory cytokineschemokines adhesion moleculesを分泌させ血管内皮障害と動脈硬化を引き起こして心血管系障害が生じるとされます。

動物実験にて慢性間欠的低酸素状態から活性酸素種の産生増加が起こり、酸化ストレスが増大しHIF-1(hypoxia-inducible factor-1)が活性化され、交感神経亢進、中性脂肪増加となる可能性が示唆されています。

 
HIFにより発現制御を受ける遺伝子に血管内皮増殖因子(VEGF)があり、活性酸素増加が生体防御と慢性炎症で重要な役割を果たす炎症性転写因子NFκB活性を促します。
(この
NFκBは至る所にあり、酸化ストレス・分裂促進因子・炎症性サイトカイン・病原体・免疫刺激およびアポトーシス媒介因子等の誘導因子により活性化されることが知られています。)

 
NFκBが一度活性化されると、サイトカイン、ケモカイン、炎症性酵素、接着分子のような炎症性・免疫性遺伝子のプロモーター領域に結合し、下流のTNF-α、IL-6 、ICAM-1、VCAM-1、COX、Lipoprotein-associated phospholipase A2 (Lp-PLA2)などを活性化します。
(これら炎症性サイトカイン・接着分子はメタボリックシンドロームや肥満で異常高値となると報告されていますが、睡眠時無呼吸症候群では肥満因子を除外しても高値となるとされます。)

 脂質代謝異常について、睡眠時無呼吸症候群では血液中の中性脂肪(トリグリセリド)・LDL・酸化LDLの増加、HDLの低下等が生じますが、原因の一つに後述の
TNF-α増加が挙げられる他、リポ蛋白リパーゼ(LPL)不活性も関与するとされます。

 LPLは毛細血管内皮細胞表面に存在し脂肪細胞等で合成・分泌され、血中中性脂肪を遊離脂肪酸とグリセロールに分解して脂肪細胞等に遊離脂肪酸を取り込ませますが、動物実験において慢性間欠的酸素低下が脂肪組織の
angioprotein-like protein 4(強力LPL 抑制因子)を増加させてLPL不活化を生じさせ、よってVLDL、カイロミクロンが血中にとどまり血中中性脂肪が高値になり粥状硬化から心血管障害を引き起こすとされています。

 その他、LDL上の脂質過酸化反応の増加も生じ心血管系の異常に関与しているとされ、酸化ストレス増加によってもVLDL, カイロミクロン、LDL、酸化LDL等が増加し、粥状動脈硬化に繋がるとされます。
 
 酸化LDLは血管内皮細胞で産生される一酸化窒素(NO-血管拡張を促し血小板凝集を抑制する)の産生を低下させ血管拡張を障害、血小板凝集抑制作用を減弱して血栓が形成され易くなるとされます。
 
 CPAP治療でこれら脂質過酸化反応の増加、炎症性サイトカイン、アディポカイン、接着分子の異常は改善するとされます。

 糖代謝については、睡眠障害での睡眠の断片化により交感神経系活動が亢進し内臓脂肪細胞から遊離脂肪酸が放出されインスリン抵性が上がり耐糖能異常を来し糖尿病発症に関連するとされます。繰り返す覚醒反応はコルチゾールと脂質の異常も引き起こすとされています。
 
 機序として、上記
TNF-α増加が関与するとされ、これは脂肪細胞・骨格筋に作用しTNF-αの二つの受容体の内、TNFR1を介して、スフィンゴミエリナーゼを活性化させ、インスリンによる細胞内へのグルコース取り込みに関与するIRS-1のチロシンリン酸化を抑制する他、PI3-キナーゼの活性化を抑制し、糖輸送担体GLUT4を介する細胞内へのグルコース取り込みを抑制してインスリンによるグリコーゲン合成を抑制することで糖尿病の発症に関与します。TNF-αはIRS-1のみならずGLUT4自体の発現(転写)も抑制します。
 (TNF-αは、脂肪細胞からも分泌されるので、肥満者ではTNF-αの分泌が増加し、インスリン抵抗性が出現し易いと考えられています。)

 覚醒反応増加と抗酸化物質減少、
Lipoprotein-Associated Phospholipase A2 (Lp-PLA2)増加との関係についての報告もあり、やはり交感神経の緊張から引き起こされるとされます。

 
Lp-PLA2は LDL ApoBに付いていて酸化リン脂質を加水分解しリゾホスファチジルコリン、酸化遊離脂肪酸を産生しますが、これら生成物は、pro-inflammatory productを産生して単球を惹きつけ泡沫細胞形成に関与、粥状動脈硬化発生・進行を促進するとされます。
 
 
Lp-PLA2 活性増加にて冠動脈疾患が増加するとされると共にLp-PLA2値は覚醒反応増加と相関し、覚醒反応中に発生する心血管系障害を予測できる可能性があるとされており、経口型Lp-PLA2阻害薬であるDarapladibの効果が期待されております。

 (現状として慢性冠疾患患者に標準治療に加えて投与する場合には主要冠イベントと総冠イベントリスクの有意の低下を認めたものの、米国におけるSOLID-TIMI52試験結果において急性冠症候群の患者において入院から30日以内の投与にて主要な冠イベントのリスク低下は認められなかったと報告されています。)





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